ヨマン・シュロモー יומן שלמה
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2011-11-26-Sat  CATEGORY: 未分類
みなさま、ご機嫌いかがでしょうか?
こちらのブログは、しばらく休止にします。
今後の情報発信は、Facebookでやりたいと思います。
HPから確認下さい!
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古傷が痛む秋
2011-10-21-Fri  CATEGORY: 未分類
イスラエルにもヘブライ語にも関係のない話題で恐縮です。
秋から冬にかけては、アレルギー体質の私にとってもともと苦手な季節でして、
中学高校時代には、必ず喘息のひどい発作を起こしていました。

最近は喘息の発作はあまり起きませんが、鼻炎がひどく、
一日中鼻をかんでなくてはならないことがよくありました。
でも今年は耳鼻科に通っているおかげで、鼻はすこぶる快調です。

ただ、ここ数日、ずっと忘れていた古傷が痛み出しました。
まずは右手。
もう15年ほども昔、東京に住んでいたころです。銀座教文館でヘブライ語を教えるかたわら、
三年ほど大きな魚専門のスーパーマーケットでアルバイトをしていました。
毎日右手を氷水に長時間漬けていたせいか、ある時突然右手が激痛に襲われ、
全く使えなったのです。
ちょっと触るだけでも激痛が走り、一か月ほど全く使い物になりませんでした。
仕事を休むわけにもいかず、左手だけで一か月なんとかやり過ごしました。

その後治療も受けて良くなりましたが、北海道に住んでいる時には毎年寒くなりはじめると、
痛みが再発していました。
大阪に来てそれもなくなったのですが、なぜか今年は久しぶりに右手の痛みが復活。
しばらく何も握れなくなってしまいました。「これは一生の付き合いだな」と覚悟。

もう一つの、私の右足に関する話はほとんど笑い話です。
3年ほど前、ある運動会でリレーに出て全力疾走しました。
ゴール直前「ブチ!!」という鈍い音と共に、右足太ももに奇妙な違和感を覚えました。
突然足が言うことをきかなくなり、そのままその場にへたり込んでしまったのです。
その後激痛に襲われ「ああ、これが世に言う肉離れか」と悟りました。
それから約一か月、痛みでまともに歩くこともできず、
いやがおうにも、もう若くないことを実感しました。

その右足の痛みが、やはり時々戻ってきます。
ここ数日、右手と同時に右足もずきずき痛んでいます。
身体はまあそんな感じですが、でも心と魂は決して老化してないつもりです。

明日も、みずみずしい生命で生きるぞ!!
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東京で見つけたイスラエル
2011-09-27-Tue  CATEGORY: 未分類
数日前、東京に行く機会がありました。
その時東京にいる兄宅を訪ねたのですが、
ぜひ二人のかわいい姪っ子にお土産に買っていきたいと思っていたのが、
「月刊イスラエル」誌に紹介されていた、
ジッパーだけででできた独創的なカバン!!

「月刊イスラエル」誌によれば、
このかばんはイシャイ・ハルムートという
イスラエル人デザイナーのアイデアとのこと。

新宿の三越にある
「トロイカデザインストア」と言う店で売っているというので、
行ってきました。
店の様子です。↓
zip-it1

店の展示の仕方としては、ジッパーが完全に開いた状態のものが
一本吊ってあると面白さがわかるのにな、と思いました。

以下、私が自分用に買ってきたペンシルケースの写真です。

1)最初はただのジッパーの紐。この状態では一体何をするものかわかりません。
zip-it2

2)だんだんとジッパーを閉めていきます。
zip-it3

3)ここまでくると、「わーっ」「お~っ」と歓声があがります。
zip-it5

4)ペンシルケース完成!
zip-it6

姪たちも喜んでくれたので、嬉しいでした!!

さらに東京で、偶然イスラエルを発見↓
via.jpg
たまたま乗ったバスの中に、バス会社の雑誌があり、
イスラエル特集が組んでありました。
しかも、7ページにわたる魅力満載の内容!

via2.jpg

ざっと、
イエスとその弟子たちの面影を偲ぶガリラヤ、
国際的に高い評価を受けているゴラン高原のワイナリー、
三大宗教の聖地がひしめくエルサレム、
リゾート地としても保養地としても有名な死海、
世界にファッションや文化を発信する近代文化都市、テルアビブ、

といった内容が、豊富な写真とともに紹介されていました。

 地中海の輝く青い海、朝日に染まるガリラヤ湖、
 公園でピクニックを楽しむ家族の姿はこの国の日常である。
 4000年の歴史と現在が混じり合うイスラエルは、
 訪れる者の興味を次々に引きだす
 玉手箱のような国だ

とは、この特集記事の結び文句です。

ニュースや新聞でしかイスラエルを知らない人は、
イスラエルと聞くと「戦争、紛争、テロ、ミサイル」などという
「怖い国」というとても偏ったイメージしか持つことができません。

でも本当は、実に多くの魅力を持った国であるということを、
実際にイスラエルに触れた人は知っています。

このようなイスラエルの多種多様な魅力を伝えてくれる記事を読んで、
とても幸せな気持ちになりました!!
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ゆうこさん応援!
2011-09-12-Mon  CATEGORY: 未分類
昨年、このブログでも紹介したゆうこさんが、
ベエル・シェバのコンテンポラリーダンス・カンパニーに
超難関のオーディションを突破してイスラエルに渡ったのは
ちょうど一年前のことでした。。

一年間のイスラエル生活は、悲喜こもごも
波乱万丈だったようです。

継続していたスカイプ・レッスンで
時々様子は聞いていましたが、
この夏、彼女が故郷の阿倍野に一時帰国してきたので、
一年前いつもレッスンをしていた
西田辺駅前のパン屋さんの喫茶コーナーで会って、
たくさんのイスラエル体験を聞くことができました。

イスラエルでは、
外国人労働者の問題から発する、
アジア系住民に対する厳しい周囲の目が
かなり強くあるようです。

また、これまで住んでいたベエル・シェバが
時々ガザからのミサイルに曝される環境もあり、
家族の心配は半端ではなかったようです。

仕事はしっかりやっていて、
今度テルアビブの別のカンパニーに
就職も決まっているのですが、
いろいろな重荷があって精神的にも疲れ、
イスラエルに残るかどうかは
かなり悩んだとのこと。

でも今回日本でゆっくり考えて、
やはりもう一度イスラエルで挑戦する、という
気持ちになったようです。

「不思議ですね。ほかの国でこれほど大変な目に合ったら
絶対に二度と行かないと思うんですけど、
イスラエルには、それを超える魅力があるんですよね」

彼女、今週にはもう一度イスラエルに戻ります。
頑張ってほしいです。

ちなみにヘブライ語は、
現地の実践でかなり上達していました。
今回の私たちの会話も、半分以上はヘブライ語でした!!
「イスラエルに長年住んでいるのに、
ぜんぜん話さない人もいるんですよね。
私は、そんなの嫌です。」と
ヘブライ語に対する情熱は
赤々と燃えていました!

心から、ベハツラハー!
yu.jpg





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ウズベキスタン航空所感
2011-08-24-Wed  CATEGORY: 未分類
先日イスラエルから帰国したが、その往復初めてウズベキスタン航空に乗った。
頻繁にこの航空会社を使う人にとってはおそらく当たり前のことであろうが、
私にとっては初体験の出来事がいろいろとあったので、
新鮮な気持ちでぜひ書き残しておこうと思う。

飛行時間については、東京~タシケントが8時間、
タシケント~テルアビブが6時間だったので、
ちょうど日本とイスラエルの中間地点で休憩でき、
一度に十時間以上のロング・フライトをしなくて済むという点で
値段が安いという点以外にも利点はある。

しかし、やはりウズベキスタン航空は、これまで経験した他の航空会社では
経験できない体験を、いろいろと与えてくれた。

DSCF4201.jpg
このどこかの宮殿のような写真は、タシケント空港の旧ターミナルである。
二階建ての旧ターミナルには、小さなレストラン以外時間をつぶす場所はなく、
次のフライトを待つ数時間、ほぼずっと椅子に座っているしかなかった。

しかも、椅子の数も十分にはなく、椅子を確保できなかった人たちは、
何時間も立っているか、事情の分かっている人はちゃんとゴザやじゅうたんを用意してきていて、
床に敷いて寝っころがっていた。
この写真を写した直後には、正面の階段は座る場所を求める人であふれた。
この空港の様子に、かなり旅慣れているというイスラエル人のおじさんも、
「おそらくここは二度と来ないよ」とつぶやいていた。

さらに印象的だったのは、客室乗務員たちの態度。
サービス精神は、おそらくこれまで乗った飛行機で最低。
客に対して微笑む人も、飛行機から降りる時に「サンキュー」と声をかける人もほぼゼロ!!

私が飛行機内の通路に立って同行者と話をしていると、
前からやって来た客室乗務員が「エクスキューズミー」と言うやいなや、
どかっと私にぶつかって無理やり通過していき、私は茫然と見送った。
私の飛行機に乗っていた乗務員が、たまたまそのような人だったと信じたいが・・・。

テルアビブに行く飛行機に乗るときに、滑走路で一枚写真をとっておこうとカメラを構えた瞬間、
近くにいた警備員が飛んできて後ろからいきなりカメラを掴んで取り上げた。
びっくりして「何も撮影していない」と言い訳したが、おそろしかった。
それを見ていたかのイスラエル人「共産圏の旧ソ連そのままだね・・・」

さらに、イスラエルからの帰路でも初体験は続いた。
テルアビブからの帰路、タシケント行きの飛行機での食事の時、
ビールを頼むと「ない」との返事。え~! ビールがない!!
これも国際線では始めてのことであった。

それでもウズベキスタン航空は、流行っているようだ。
帰りにタシケントに寄った時には、新ターミナルはヨーロッパから北京、仁川、バンコク、東京など、
アジア諸国に向かう人々でごった返していた。
彼らは彼らの「サービスを犠牲にしても値段で勝負」という商法で、
きっと成功しているのだ!

日本に帰ってきて日本の航空会社に乗り、その雰囲気にほっとした。
「やはりサービスは日本人」と、サービスの良しあしを民族性とも思ったが、やがてそれは違うと気が付いた。
考えてみれば、昔の国鉄や郵便局のサービス精神のなさは、ウズベキスタン航空よりずっとひどかった。
これは民族性ではなく、競争しなくてもつぶれない国営企業の雰囲気、共産圏の名残なのだ!

いろいろ書いたが、ウズベキスタンを応援しよう!
頑張れウズベキスタン!
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