ヨマン・シュロモー יומן שלמה
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アミシャブ
2010-07-01-Thu  CATEGORY: ユダヤ教
 「アミシャブ」というイスラエルの機関をご存じでしょうか? 以前日本のテレビ番組でも紹介されましたが、イスラエルの失われた十部族の足跡を探して活動しているグループです。数年前にはインドで発見されたマナセ族の子孫を1000人以上イスラエルに帰還させましたが、その時のことは、私も「月刊イスラエル」の記事に書いたことがあります。
 このアミシャブのトップであるラビ・エリヤフ・アビハイルとその息子のラビ・ダヴィッド・アビハイルとが先日来日され、十部族の研究に取り組んでいる「聖書と日本フォーラム」が中心となった講演会が各地で持たれたのですが、私は京都、神戸、大阪、そして沖縄で通訳として同行させていただきました。初めてアミシャブのラビたちと会って数日を一緒に過ごし、彼らに対する私のイメージも随分と変わりました。
 これまでみのもんたのテレビなどでかなり派手に「十部族調査機関が日本での調査を始める」とか「DND鑑定を行う」などといかにも大々的な活動を行うかのようなイメージで取り上げられていたので、ファナティックな部分が多少あるのかと思っていましたが、会っての印象は「温厚な普通のラビさん」です。また話していると、彼らの調査というのは何もイスラエルの末裔であることを科学的に証明しようとするものではないようです。大切なのは「第一に、聖書の預言にあるようにイスラエルのシンボルを守っている種族を探し出すこと。もしその種族が、自分のルーツがイスラエルであるという自覚を持ってくれれば、ユダヤ教への改宗とイスラエルへの帰還を勧めるが、何万という人々をイスラエルの連れてくることなど考えていない。それはメシアの役割だ」と言っていました。実に誠実に予言の成就のためにできる活動している、という印象です。

 アミシャブは、日本については、まだまだ慎重にユダヤ的なシンボルの確認をしているという感じです。特に神道に残されている習慣、儀式、神殿の作りなどに興味を持っておられました。息子のダヴィッドさんは哲学者で、彼の講演は十部族に関することではなく、ほとんどユダヤ哲学の内容でした。実は彼は日本に十部族が来たと判断することには父親より慎重で「私はまだ神道に、それほどユダヤ的な決定的シンボルは見いだせない」と個人的には話していました。ですが講演では「ユダ族とエフライム族の役割」という内容を非常に面白く話してくれました。
 それは、ユダ族の役割は人間の頭脳に相当し、精神的な部分を司る。しかしこれは放っておくと勝手な進化を遂げてしまう可能性があり、その精神性を十分に表すためには「ヨセフ(エフライム)」が持つ「統率、抑制」などの資質が必要なのである、とのこと。
 ヨセフ(エフライム)とは何かというと、それは「実際能力、力の抑制、システムの構築」などの能力にたけた、民族のボディー的な役割を果たす部族である、というのです。だからヨセフはエジプトの経営を任されるほどの手腕を発揮できた。
 「日本に初めて来て、この国の秩序正しさ、人々の礼儀正しさに触れて、これこそエフライムの持つ特性だ」と、日本の印象を語っておられました。「ユダ族の独創性と創造性、それにエフライムの勤勉さ、統率性がひとつになると、素晴らしい民族になる」と。日本とユダヤが同族かどうかの結論は別としても、両国の特性が一つになれば大きな世界貢献ができるという考えには私も賛同しました。

 各講演会の後には質問の時間が設けられましたが、中には変な質問がありました。一つはある婦人がされた「今のイスラエルのユダヤ人の顔は本当のユダヤ人の顔ではないのではないか」「イスラエルの地は実はアラビア半島だと聞いています」という質問。前半の質問に対してラビは「ユダヤ人かどうかというのは、顔形も、ロシア人だとか、日本人だとか、アフリカ系だとかという種族も、DNAも関係ない。魂の問題だ」と答えていました。さらに「君が良い例だ。顔つきは日本人でありながら、全く雰囲気はユダヤ人だ」と言われたのには驚きましたが・・・。

「ユダヤ人とは誰」という問いは非常に難しいことは確かですが、顔つきをユダヤ人判別の基準として議論することは彼らの歴史を考えればナンセンスでしょう。また、ユダヤ教を受け入れた人々は100パーセントユダヤ人だというのがユダヤ教の考え方ですから「改宗ユダヤ人は本当のユダヤ人ではない」ということはありえないということです。後半の質問に至っては、「何を言っているのかわからない、ユダヤ人をイスラエルから追放したいということか??」と、真面目な質問なのかどうかさえ判断できないようでした。日本には基礎的知識もないまま、突拍子もないおかしな説に飛びつく人が結構いるのに驚きます。


羽曳野市会場にて

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沖縄、南城市での記念撮影です。
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ユダヤ新年
2009-09-20-Sun  CATEGORY: ユダヤ教
9月18日(金)の夕方から、ユダヤ新年に入りました。
ということで、שנה טובה
私は生徒さん二人と一緒に、神戸のシナゴーグに出かけて、新年を迎える祈りと夕食会とに参加しました。生徒さんはお二人ともイスラエルに行ったことはあるのですが、神戸のシナゴーグを訪問するのは初めてです。
神戸のユダヤコミュニティーには、前任のラビがやめてから後任がいません。何人か候補があって神戸までも来られたのですが、いろいろ条件などが合わずに決定に至らなかったようです。ということで、今現在ラビはいないのですが、10日ほど前からボランティアで祈りの先導(ハザン)をして下さる方がアメリカから来ていて、そのハザンの先導で祈りをしていました。彼がしばらくは神戸のラビ代理のような役割を務めるようです。
新年のシナゴーグには各地から100名近くの人たちが集まっていました。ユダヤ人と結婚している日本人配偶者と、日本語をペラペラ喋る子どもたちがたくさん集っているのが、このシナゴーグの特徴です。コミュニティーの運営を具体的に担っている数名のイスラエル人の奥様方は、みな日本人です(私の生徒さんもいます)。ということで、ちょっと世界的にも珍しいシナゴーグではないでしょうか?

ユダヤ人は世界どこに行っても、また普段宗教的生活からかけ離れていても、いつでもシナゴーグに戻って同じ祈禱書で共通の祈りを祈ることができます。顔の色も話す言語も異なり、またそれまで一面識もない人たちが、家族のように集って新年を祝い、ひとつの神に賛美を捧げ、ユダヤ人であることを感謝する。周りがみんなユダヤ人で、当然のように全員が新年を祝うイスラエルとはまた違って、東の果ての日本の、小さな神戸のコミュニティーだからこそ感じることができる、ユダヤ人の強さ、しぶとさがある気がします。

食事の進行がゆっくりなので、食べ終わったころには十時半を回っていました。この、次の予定に追われずに、家族みんながゆっくり過ごす時間がユダヤ人ならでわですね。安息日ごとにこういう時間があります。食事の途中でハザンが歌を始めたと思えば、歌い終わらない前に終わってしまったり、突然もう一人の宗教家の聖書の話が始まったり、結構それぞれ好きなことをやっています。日本人はこういう無秩序な時間の過ごし方はへたくそではないでしょうか?

残念ながら、私たちは帰りの電車の時間に追われて途中でシナゴーグを後にしました。静かな北野の山を下って三宮に近づくと、まあ何という喧噪。神戸はいい街ですが、阪急三宮の裏あたりの町のつくりはどうかと思いますね。子どもでも普通に通過する場所に、いろいろな店があり、いろいろな人が立っています。
ここでもう少し苦言を呈そうかと思いましたが、新年から十日間は大贖罪日に向かう「畏れの日々」。まずは静かに、自分自身を見つめることとします。

נגה, קיבלתי דרישת שלום ממך. תודה רבה
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カバラー
2009-06-08-Mon  CATEGORY: ユダヤ教
このブログでも何度か紹介したセラピストのレファエラさんが、最近持たれたユダヤ神秘主義、カバラーの講習会に行ってこられました。普段はもちろんヘブライ語のレッスンを受けておられるのですが、この講習会の前にユダヤ人が一番大切にしている祈りを知っておきたいということで、一緒にシェマーの祈りやカディッシュの祈りをヘブライ語とアラム語で読む時間を持ったりしました。
さて、そのレファエラさんから先日嬉しいメールが届きました。「先生にヘブライ語で話しかけたら、『日本でまさかヘブライ語を話す人に会えるとは思っていなかった』と大喜びされ、完全に家族扱いになりました」とのこと。ヘブライ語を教える者としても、こんなに嬉しいことはありません。ユダヤ人の心に触れるには、やはりヘブライ語ですね。
kabbalah
カバラー繋がりで、一枚の写真。この「KABBALAH紙袋」は、私の思い出の袋なのです。アグノンのある作品を翻訳している時のこと、カバラーの聖典、ゾハルの引用が何度か登場してきました。ゾハルは難解なアラム語なので読んでもちんぷんかんぷん、その都度イスラエルの大学教授にメールを送って助けを請いました。独力でこれを読むために、エルサレムに行ったときに「スーラム(梯子の意)」という有名なゾハル注解書(全26巻)を買うことにしました。
エルサレムの中心街にカバラー専門の書店があるのは知っていたのですが、私は「かび臭い店内に、長ーいひげを生やしたおじいさんが座っている店」のようなイメージを持っていました。「ヒレル通りにあるよ」と他の書店で言われて、何度も行き来するのですが、それらしい店がありません。一軒、まるで高級ブティックのような店舗があったのですが、「かび臭い」に囚われていた私の目には入らず何度か通り過ごしていました。何度目かに、ふとその店舗の看板を読むと「KABBALAH」とあるではないですか!そしてレジに座っている店員は白ひげに黒い帽子をかぶった老人ではなく、まるでファッションモデルのような美女!
「スーラム全巻下さい」と目的のものを購入したあと、美女店員といろいろ話していると、その店ではカバラーの世界普及を目指す運動もしていて、「日本人で買いに来たのはおそらくおなたが初めてだから、あなたカバラーショップの日本支社にならない」と、カバラー日本進出の話題で盛り上がりました。「まあ、10年に一セットも売れないでしょうから、やめときます。」と断りましたが、ふと目に留まったのがこの写真の紙袋。「記念にこれ下さい」と4、5枚貰ってきました。最近は「カバラーアクセサリー」も結構流行っていて、イスラエルのあちこちで見かけます。ゾハルやスーラムはちょっと無理でも、このアクセサリーなら日本でも受け入れられるかもしれませんね。部屋にぶら下がっているカバラー紙袋を見るたびに、「メルカズ・カバラー・ベヤパン」を夢想しています。

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三田の空気満喫の一日
2009-04-29-Wed  CATEGORY: ユダヤ教
関西学院理工学部の総合コース「諸宗教間連帯の新しい可能性を求めて イスラーム・キリスト教・ユダヤ教・仏教のかかわりあいをめぐって」という授業のユダヤ教を担当して、今年で4年目になります。ユダヤ教に関しては毎年「ユダヤ教の基礎知識」「ユダヤ教とキリスト教」「ユダヤ教とイスラーム教」というテーマで三度の講義を行いますが、昨日4月28日がその第1回目でした。
午前中神戸の授業が終わるとすぐにJRで新三田駅に向かい、そこからバスで大学に行きます。普段都会の中ばかりで過ごしている私にとって、この美しい山間を走るJR福知山線に乗る時間は本当に癒しのひと時です。新三田駅周辺は日本的な田園風景がまだ残っていますが、関西学院周辺の丘陵地帯までバスで走ると、こちらはヨーロッパ風の田園風景が目を楽しませてくれます。今日は気候も良く(時々パラパラっと小雨がありましたが)、キャンパスにに着くまでにすっかり気分も一新されました。
授業は三百人ほどの講堂(チャペル)で行われますが、今年もパイプ椅子を追加して席を作るほどの超満席でした。今日の講義は、古代イスラエルの宗教がエジプト奴隷時代、バビロニア捕囚時代、ローマ迫害の時代など、民族の危機を迎える度に新しい形に進化していったというユダヤ教発展の歴史と、その過程で生まれたイスラエルの宗教のエッセンスが、どのようにキリスト教の発生に重要な要素となっていったか、という内容を話しました。
関学の授業で一番嬉しいのは、必ず授業のあとに数名質問にやってくることです。今回も数名の学生が質問に来て、「ユダヤ教の話は始めてだったので、一生懸命ノートを取りました」と言って、随分長い時間質問や話をして帰りました。私は今日の講義の最後に、ラビ・ヒレル、イエス・キリスト、ラビ・アキバという、ユダヤの偉人たちが語ったトーラーのエッセンスはとても似ている、という話をしました。授業後質問に来た学生たちが「その言葉にとても興味を持ち、心に残りました」と言うのには、正直驚きでもあり、今日一番の私の喜びでもありました。

講義後、日暮れ前の丘陵を眺めながらの三田の空気はさらに美味しく、満足度の高い一日となりました。そして帰りの電車の中で考えることは・・・「帰ったらビール(実はリキュール《発泡性》)がうまいぞ」!!
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ハグ・プリム・サメアフ
2009-03-10-Tue  CATEGORY: ユダヤ教
ester
今日3月10日はプリム祭でした。ちょうど火曜日は神戸で授業なので、午前の授業と個人レッスンのあとしばらく時間を潰し、夕方16時のエステル記朗読にあわせて神戸のシナゴーグに出かけました。
エステル記朗読の前に、この度関西コミュニティーの視察に来ておられる、新しいラビにお会いしました。前任者のラビ・シュトラウスベルグとは違って、75歳というご高齢で小柄なラビですが、まさに「ユダヤ教」を体現したような風貌の方です。トーラーの巻物を書いたり、また割礼を行う免許も持っておられるのですが、私が自己紹介してしばらく会話したら「君はまだユダヤ教徒ではないのか! 私が改宗の面倒をみてあげよう」と真剣に言われるので、ちょっとびっくり。「ヘブライ語に磨きをかけてあげるし、タルムードやラビ注解も教えてあげよう」と言われたのには心が動きましたが、割礼は勘弁・・・。
小さなコミュニティーなので、夕方の祈りの時には、ちょっと人が出て行くとすぐ10人のミニヤンが足りなくなり祈りが中断します。ある人が、一緒に座っている私も数に入れて「ちゃんと10人いるよ」と間違って言ったときには、なんだか申し訳ない気持ちになりました。
写真は、ラビが持ってきたエステル記の巻物。今回はエステル記の朗読に参加するのが一番楽しみでした。ラビがずっと朗読していきましたが、隣に立ってラビが読み間違えた単語を訂正する人がいて、「これほど年季の入ったラビでも間違えるんだ」と、ちょっと嬉しくなりました。
エステル記朗読のあとは夕の祈りをして、プリムの食事をいただき、帰ってきました。
かの老ラビは、まだ関西に就任するかどうかわからないそうですが、ぜひ残っていただきたいものです。
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