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2006年、イランとアルカイダの脅威
2005-12-28-Wed  CATEGORY: 軍事・防衛


12月27日、イスラエル国会の国防外交委員会で報告を行ったモサド長官のメイール・ダガン氏(写真)は、「2006年はイランの核兵器の準備が完了する」と警告を発した。
 ダガン氏の報告によると、もし何らかの外的要因が働かない場合、イランの核開発は数ヶ月で独自に核兵器製造能力を持つようになる、という観測を示した。そうなればイスラエルの生存を脅かす最大の脅威となるが、ダガン氏は「イスラエル単独でこの脅威に立ち向かうことは不可能。国際社会にイランへの圧力を強めるよう、要請する必要がある」と語った。
 ダガン氏はまた、「アルカイダの分子がイスラエルへの侵入を試みようとしている」として、イラクをはじめとするアラブ諸国で活動するアルカイダ活動家の動きも報告した。
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シャロン首相の病状は?
2005-12-20-Tue  CATEGORY: 政治
12月18日、アリエル・シャロン首相が体調を崩して緊急入院した。軽い脳震盪という発表であったが、新党立ち上げ以来の激務に加えて77歳という高齢でもあるため、首相の健康状態についてはさまざまな憶測もとんでいる。
 常に激務を要求されるイスラエルの歴代首相の中には、任期中に重病になって職務の継続に支障をきたした例は多い。しかも多くの場合本当の病状はしばらく隠される。ゴルダー・メイール首相はガンに罹り、治療を続けながら首相職を継続していたが、彼女の病状が公式に発表されることはなかった。レヴィ・イシコール首相も高齢でさまざまな病気を抱えていたが、何事もないように国の指揮を執り続け、亡くなる当日も重要な閣議を開いていた。また1977年に劇的な勝利で首相に選ばれたメナヘム・ベギンは、首相になる直前に心臓発作で入院している。しかし公式発表は「風邪」であった。その後首相になった後も脳の病気で治療を続け、治療による彼の判断力の低下がレバノン戦争の悪化に繋がったとする見方もある。しかし彼の病状は彼が「私はこれ以上職務を続けることはできない」と自ら宣言するまで明らかにされることはなかった。
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ネタニヤの自爆テロ「指令はダマスコから」(12月5日)
2005-12-06-Tue  CATEGORY: ニュース
12月5日、イスラエル北部の町ネタニヤのショッピングセンターで自爆テロがあり、5名の死者と60名を超える負傷者を出した。ショッピングセンターの警備員が犯人に気がついて店内に入れず、また周囲の人々に近づかないように警告したため、より大きな被害を防ぐことができた。テロリストの入店を阻止した警備員は犠牲となった。イスラム聖戦が「イスラエルの暗殺政策と分離壁に対する報復」との犯行声明を出している。パレスチナ自治政府はすぐにテロを非難する声明を出し、アッバス議長も首謀者の拘束を治安部隊に命じている。
 一方、パレスチナ自治政府内にはテロの取り締まりに対する限界を感じる声も出ている。自治政府議長府の事務局長はマアリヴ紙とのインタビューで「我々は西岸地区にいるイスラム聖戦の指導者の名前を全て知っている。だがたとえ自治区内の犯人を逮捕したとしても、全ての指令はダマスコから来ている」として、自治区内の取り締まりに限界があると語った。
 またアルジャジーラに出演したパレスチナ自治政府関係者は「テロはパレスチナの利益にならない。この地域の安定のために国際社会は手を貸して欲しい」と、来年一月に控えた議会選挙に向けて、地域の安定のための国際社会の協力を訴えた。
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