ヨマン・シュロモー יומן שלמה
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シャローム・イスラエル余波
2010-02-27-Sat  CATEGORY: イスラエル
シャローム・イスラエルが終わって二週間がたちますが、まだいろいろと余波が続いています。
シャローム・イスラエル当日、一本の電話がありました。それは「今日はどうしても出席できないが、今日配られる資料だけでも頂けないでしょうか?」という男性からの電話でした。
シャローム・イスラエルのイベントが終了して数日後、電話の主の家が我が家からそう遠くないこともあって、ご自宅まで当日のプログラムや歌詞カードなど、参加した皆さんに配られた資料を持って行きました。
電話の主のTさんは80歳に近い方で、「どうぞどうぞ」と快く家に上げて下さり、なぜ資料を欲しかったのかを話して下さいました。

朝鮮戦争のころ、大阪のある病院に負傷したアメリカ兵士が運ばれてきた。当時Tさんはまだ学生だったが、偶然その兵士と知り合いになり、その後50年以上に亘って文通をする大の親友となった。その兵士はドイツ出身のユダヤ人で、かつてアウシュビッツに収容された経験があった。第二次世界大戦後アメリカに渡ったが、まだ永住権が取れないでいた。そこで、朝鮮戦争に志願兵として参加することで米国への愛国心を示し、永住権をとろうとしていた。
そのユダヤ人はやがてアメリカの大学で教授となるが、イスラエル建国運動であるシオニズムには心から共感し、毎年のようにイスラエルを訪問、また多くの寄付をしてきた。Tさんも彼との文通を通してシオニズムに意義を学び、2000年も国を失った人々が再び故郷に帰って来て国を作るというストーリーに、心から共鳴してきた、という話でした。

Tさんが語られるのに、日本でユダヤと関連のあるものを見つけると、すぐその親友に送っているのだそうです。そこで今回の「シャローム・イスラエル」には何としても出席したかったが、どうしても他の用事があるので、せめて資料だけでもいただけないか、ということだったのです。
「みなさんの活動をこれまでもいろいろ彼に紹介してきたのですよ。日本がどれほどユダヤ人に暖かな心を持っているかということを、みなさんが今現在も証明して下さっているので、私は誇らしくてならないのです」と、涙ながらに語って下さいました。一人のユダヤ人親友の、若い時からの苦労をつぶさに見聞きしてきたTさんは、彼に心からのシンパシーを持っておられるのでしょう。まるでユダヤ人から感謝されているかのような錯覚を覚えました。「シャローム・イスラエル」を通して、このような出会いが広がっていることは感動です。
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三月イスラエル行き確定
2010-02-25-Thu  CATEGORY: イスラエル
「シャローム・イスラエル2010」の興奮もまだ冷めやらぬころ、数年ぶりに東京の阿部先生と企画した「イスラエル研修旅行」の人数が15名に達したと、テマサトラベルさんから連絡がありました。三年前に企画した時は人数が集まらず計画倒れになりましたが、今回はその時行けなかった方々も含まれていましたので、なんとしても実現したいと願ってました。阿部先生と私の生徒さんたち以外にも、テマサトラベルさんがイスラエル旅行を探しておられた方々をツアーに組み入れて下さったので、実現の運びとなりました。感謝!

私たちの研修旅行では毎回「現地でヘブライ語体験レッスン」を企画します。これまでの研修旅行ではナタニヤのウルパン・アキバや、キブツ・ヘフチバで授業をしてもらってきましたが、今回はハイファに近いキブツ・エインハショフェットで授業をお願いしていました。すぐに、お世話をして下さっている、私の里親でもあるショシャナーさん、モーシェさんに電話して、ツアー実行の旨をお伝えしました。お二人ともとても喜んで下さり、私の心は早くもイスラエルです。
それ以外にもベエル・シェバでのシナゴーグ訪問、ユダヤ人家庭での安息日の食事体験など、普通の観光旅行では決して味わえない内容になっています。
参加者の皆さんに満足していただけるよう、しっかりと準備していきたいと思います。
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美濃吉の大失態で危機一髪
2010-02-17-Wed  CATEGORY: 未分類
もう一つ書いておきたいのが、ベンシトリット大使ご夫妻を囲んだ懇親会でのエピソード。当初、天王寺駅前の都ホテルを使って、もっとたくさんの人たちに出席していただく懇親会を考えていました。しかし大使があまり長く残れないということなので、急きょ同じ阿倍野区民センターの一室でお弁当を取り、20人限定の懇親会を持つことにしました。そこでお弁当を頼んだのが、天王寺近鉄デパートの美濃吉。担当の女性が何度か出かけ、味見もしっかりして、客人たちに失礼のないように準備を進めました。

ところが当日、イベントも終了してベンシトリット大使や山谷議員らがそろそろ懇親会場においでになろうときに、接待責任者が血相を変えて飛んできました。「お弁当、6時に間に合わないかもしれません!!」と言うのです。
聞いてみると、当日になって美濃吉に確認の連絡をしてみると、「明日ではないのですか?」という返事をしてきたとのこと。あろうことか注文の日取りを間違えていたのです。それが判明したのが懇親会スタートの約1時間前。
全員が懇親会場に集合してもまだお弁当は届きません。幸い司会を務められた親善協会の神藤会長が、上手に場をもたせて下さっているうちに弁当が到着しはじめましたので、大恥をかかずにすみました。
しかし、これは本当にあってはならないミス。私たちのスタッフは、みな結構質素な格好をしている場合が多いので、美濃吉でもそれほど大切な客と思わなかったのでしょうか?
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エミールさんとの対話
2010-02-17-Wed  CATEGORY: イスラエル
アコーディオニストのエミールさんと数日一緒に過ごす中で、いろいろな対話がありました。
その内容がとても興味深いものでしたので、少し紹介しましょう。

1)なぜアコーディオンを始めたのか
エミールさんがまだ6歳のころ、故郷のモルドバに住んでいた。エミールさんは貧しい家庭で、向いに金持ちの家庭があり、その家の子供が週になんどかアコーディオンのレッスンを受けていた。エミールさんはレッスンの様子を毎回毎回ずっと外に立って眺めていた。それが何カ月も続くので、アコーディオンの先生(女性)が、エミールさんの母親に会いに来た。
「6歳の子供がレッスンの間中、身動き一つしないでずっと立って聞いている。あの子はどこか精神を病んでいるか、とてつもない天才かどちらかだ。アコーディオンを習わしてみませんか」と言われた。しかし貧しい家庭だったので母親は「そんなお金はない」と答えた。するとその女性の先生は、なんとアコーディオンをエミールさんにプレゼントして下さり、半年間ほぼ無料のようなレッスン料金で教えてくれた。
エミールさんは半年で、ふつうの子どもが三年かかって学ぶほどの上達をした。その後その先生が別の先生を紹介してくれてさらにアコーディオンを学び続けた。

2)イスラエルの帰還する時の夢の話
イスラエルに帰還したのは1990年。帰還しようと決めたのは、もちろんこの時代に旧ソ連から大量のユダヤ人が
イスラエルの帰還するという大きな波があったからだが、それ以前にモルドバではものすごく強い反ユダヤ主義があった。音楽アカデミーに入る時もユダヤ人というだけで高額なお金を積まなければ入学もさせてくれない。(これについても感動的な話があるのですが、今回は割愛)
プロになってあるコンサートに出演して、自分がソリストとして演奏しても、自分の名前が「アイビンデル」というユダヤ名なので、名前さえ皆の前で紹介されない、など、あからさまな反ユダヤ主義があったから、ためらわずイスラエル帰還をした。

イスラエルに向うほんの数日前、ある夢を見た。それはエルサレムのレストランでアコーディオンの演奏をする夢であった。やがてイスラエルに帰還し、ある日エルサレムのレストランと演奏の仕事を契約することになった。
契約を終わって周りを見てみると、はじめて行ったレストランのはずなのになぜか見覚えがある。しかし奥さんのローザさんに「たしかにここには以前来たことがある」と話しても、「そんなわけないでしょう!」と言われる。
それでよくよく思い出してみると、イスラエルに来る数日前の夢でみた風景が、そのまま現実になっていることに気付いた。

3)ローザ夫人への愛
このように、じつにドラマチックな人生を歩んで来られたのですが、その背景にはローザ夫人の献身的な支えがあったのでしょう。奥さんへの愛情の深さは尋常じゃありませんでした。
面白いエピソードを聞きました。かつてエミールさんがある若い女性歌手と共演したときのことです。コンサートのあと、その歌手がエミールさんに「記念撮影してください」と言いながら近づいてきて、肩を組むようにして写真を写したそうです。それを見ていたローザさんが「それ以上、近づいちゃダメ!」と叫んだので、エミールさんは危険を察知し、それ以来二度と彼女とは共演しなかったとか。エミールさんいわく「ローザを失いたくないからね」。

今回、ある歓迎会で女性数名が、北海道開拓時代の苦労を歌った演歌「石狩川」の踊りを披露してくれる場面がありました。その歌詞の内容に「母も女房も強かった」とありますが、その内容を聞いたエミールさん、すかさず「これはローザの歌だ」。エミールさんがどんなに頑張っても、実力があっても、反ユダヤ主義で苦しんだモルドバ時代、またイスラエル帰還をしてからのさまざまな苦労の時代、本当にローザさんが支えておられたんだな、とうことを痛感しました。

最後のおのろけは、京都で舞子さんの踊りを見たあとのこと。こっそりと、大真面目な口調で耳打ちしてくれました。「彼女は本当に美しい。でもローザの若いころは、もっと美しかったぞ」。




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エミール夫妻と京都見学
2010-02-17-Wed  CATEGORY: イスラエル
maiko
シャローム・イスラエルの翌々日、2月15日(月)は、アコーディオニストのエミールさんご夫妻と京都見物に出かけました。午前は東寺と京都御所を見学、昼食は精進料理の京懐石を出してくれる閑臥庵というお寺で取りました。このお寺は第108代後水尾天皇に由来する由緒ある禅宗のお寺だそうですが、実はこのお寺の執事を務めておられるYさんが私のクラスでヘブライ語を勉強されています。そこで彼が今回労を取って下さり、日本庭園付きの一番良い部屋を準備してくれていました。
さらに会社社長である私の叔父がスポンサーになり、以前ブログで紹介したつる居さんにお願いして、舞子さんにも来ていただきました。京都を満喫する、とても優雅な昼食のひと時となりました。
舞妓さんが到着するや、エミールさんは一緒に写真をとりながら「こんどこの写真をポスターにして、コンサート用に使おう!」と大感激。舞妓さんの洗練されたしぐさ、踊り、雰囲気には接待する私たちもほれぼれしました。しかし舞妓さんの厳しい訓練や生活の話を聞いた奥さんのローザさんは一言「イスラエルの軍隊より厳しいわね」。
エミールさんはイスラエルで最も有名な舞踏団の一つ「オール・イェルシャライム」の音楽監督もしておられますが、「今度ぜひ、舞妓さんとのコラボレーションをしよう」と大張りきりでした。

京都でもう一つ感激されたのが、JR京都駅。ローザさんは建築の勉強もされたことがあり、昨日奈良の平城京跡や東大寺を訪ねた時も、伝統的な日本の建築方法に興味を示されたのですが、京都駅のつくりには本当度肝を抜かれていたようでした。「世界じゅうを回ってきたけど、こんな素晴らしい駅は見たことがない。まるで宇宙ステーションだ」と、巨大な空間を演出いしている建築物を驚きの目で眺めておられました。

ご夫妻は夕方、関空から次の訪問地である札幌に向われました。3月には私たちのイスラエル研修ツアーが出る予定ですが、エミールさんは別れ際「エルサレムに来る数日前に我が家に電話しろ。まる一日仕事休んで君らのために取っておく」とまで言って下さったので感激でした。私たちの滞在中に、エミールさんの演奏がどこかで聞けると嬉しいですね・・。
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シャローム・イスラエル2010速報
2010-02-14-Sun  CATEGORY: 未分類
shalomisrael2010
2月13日(土)は待ちに待ったシャローム・イスラエル2010の日でした。イスラエル大使ご夫妻をお迎えするので、金属探知機も二台用意されるという物々しい雰囲気の中でしたが、会場はほぼ満席で、最後の数日は心苦しくも多くの方たちの出席をお断りしなくてはならないほどでした。
朝、今回出演されるアコーディオニストのエミール・アイビンデルさんご夫妻が大阪伊丹に到着、それまでコンサート部分については演奏曲目のリストを頂いていただけで何も決まっていなかったのですが、会場に向う30分の車内で大急ぎで内容を固め、なんとかリハーサルに間に合いました。
大使の講演は、日本とイスラエルの関係強化が、どれほど世界の平和と安定に寄与できるかという内容。それは両国の強い経済力、高い技術力、そして互いの民族が持つ理念や高い道徳性などによる、という話でした。
イスラエルの空撮「イスラエルろまん飛行」も大盛況、出席者のお一人で日本イスラエル親善協会理事は、所属するロータリークラブでぜひ上映したい、ということでした。
後半山谷えり子イスラエル親善大使が、イスラエル訪問から学ぶことについて講演されました。この時間私はエミールさんについて控室にいたので、内容についてはまた後日お伝えします。
エミールさんの演奏はもう驚きの連続。アコーディオンでこんな音が出せるのかという演奏で、大成功でした。

会場の様子などはちょっと写真を取る暇がありませんでしたので、また手に入ったらアップします。今日のところはひと先ず、大使ご夫妻、山谷えり子先生、エミールさんご夫妻を囲んでの懇親会で写した一枚だけ、アップしておきます。
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シャロームイスラエル一週間前
2010-02-06-Sat  CATEGORY: 未分類
我が家からそう遠くない阿倍野区民センターで開催される「シャローム・イスラエル2010」のイベントまであと一週間となりました。644人の収容可能なホールですが、すでに申込者は600人を超え、今のペースで希望者が増え続けれが、最後はお断りしなくてはならないかもしれません・・。ともかく今は毎日準備でおおわらわです。

数日前、出演者のアコーディオニスト、エミールアイビンデルさんと電話で簡単な打ち合わせをしました。演奏会のタイトルは「イスラエルの音楽」なのに、エミールさんから届いた演奏予定の曲目はギリシャや、ユーゴスラビア、モルドバ、フランスなど世界各地の曲。「もうすこしイスラエルの曲を入れていただけませんか」と話をすると、「イスラエルには、世界中の民族音楽が集まってきているんだ。世界の曲を演奏することが、イコールイスラエルの多種多様な文化を表すことになる」と説明されて、なるほどと納得。でも日本人でもみな知っている「マイム・マイム」だけは曲目に入れていただくよう、お願いしました。

目玉の一つがハイビジョンで撮影したイスラエル空撮映像ですが、会館にはこの映像を最高度に写せるプロジェクターがありません。良い画質で見ようと思えば本来レンタルで一日数十万円もかかるほどのプロジェクターが必要なのですが、これも無事解決。かなり高級な機種を借りることができました。これで大きなスクリーンで見ても、鳥の毛の一本一本までくっきり写るほどの画質で見れます!!!

ということで、もしまだ迷っている方がいたら、早めにお申し込みください! 満席間近です!
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大阪産業大学試験
2010-02-01-Mon  CATEGORY: 未分類
1月29日(金)、大阪産業大学の文化環境論中東の試験が行われました。私は授業の最後にレポート提出にするか試験にするかで毎年悩むのですが、今年は人数も50人を超えているのでレポートだとかなり採点に時間がかかってしまうと考えて、試験にしました。といっても、試験の課題も小論文みたいなものなのですが・・。
採点を始めてみて、本当にまじめにやっている人と、そうでない人の差がこれまで大きいのかと驚きです。やはり出席率の高い人は、最後の試験も着実にこなしますが、出席がいい加減な生徒は、答案もそれなりに中途半端な人が多いですね。
一人だけ、完璧な答案で満点を与えた学生がいましたが、当落ぎりぎりの人にはいつもどうしようかと悩みます。出席も半分程度、試験も中途半端ではもうどうしようも救えませんが・・・。
試験後、寝坊して試験を受けなかった学生が教員室にやってきました。「10分でも受けさせてください」と頼み込まれたのですが、もう受検者名簿を提出した後だし、こればかりは私の裁量ではどうしようもありません。寝坊って、試験は11時スタートだぞ。昨日は一体何時に寝たんだ? 大事な日に寝坊するという十分の甘さに懲りて、今後の人生の糧となることを願うのみです。
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