ヨマン・シュロモー יומן שלמה
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新学年のスタート
2010-04-29-Thu  CATEGORY: ヘブライ語
 すでに4月も末ですので、今更「新学年」というタイトルで書くのは遅いのですが、一言だけ。今日は「昭和の日」で祭日なので、大学の授業はお休みですが、毎週木曜日は阪大のヘブライ語・ユダヤ文化研究会とヘブライ語の授業があります。ヘブライ語の授業は、本来今年は上級クラスの年度になるので、昨年度一年勉強した人が対象の授業をします。ところが4月はじめに今年度第一回目の授業に行ってみると、なんと新しい学生が7名も来ていました。
 そこでクラスのはじめに「この授業は上級クラスだけど、どうしてもヘブライ語を勉強したい人は、二倍の学習を覚悟で授業を受けて下さい」と言って始めたところ、そのうち5名が残って受講することになりました。
 いろいろヘブライ語を学びたい動機などを学生と話していると、その中の二人が研究のためにイスラエルに実際に行きたい、という希望を持っていることがわかりました。一人はアメリカ政治におけるユダヤロビーの影響力を研究していて、イスラエル抜きではこのテーマは語れないため、イスラエル留学を目指して高度な語学力習得を願っています。もう一人の細かい動機はまだ聞いていませんが、法学部の学生でイスラエルでフィールドワークをしたいとのこと。
 このような理由で、上級クラスではありますが、最初の数回はヘブライ語の基礎的な学習から始めることになりました。最高学府における様々な分野の研究に、ヘブライ語の重要度が増してきていることを実感できることは、嬉しい限りです。
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2010研修旅行最終日
2010-04-23-Fri  CATEGORY: イスラエル
いよいよ10日間の研修旅行も、最終日です。飛行機は夜中の便なので、最後の一日をたっぷりと過ごすことができました。まず向ったのは、パレスチナ自治区のベツレヘムです。

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ベツレヘムの生誕教会には、他のグループに先駆けて早く到着。というのも、ここも聖墳墓教会同様、多くの人で溢れることが予想されたからです。しかし早めに並んだのは良かったのですが、ギリシャ正教会の神父たちの祈りが長々と続いてなかなか中に入れません。結局1時間半も待たされて、ようやくくどくどとなが~~~~い祈りが終わり、入ることができました。イエスの言葉「また、あなた方が祈る時は、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる」を思い出しました。写真は、われわれのグループと一緒にしびれを切らすドイツ、フィリピン、キプロスなどからの巡礼者グループ。

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下手な合成写真ですみません。生誕教会の中庭に建つ、ヒエロニムスの像のもとで記念撮影。最近阪大の研究会でヘブライ語原文とヘブライ語注解を学んでいますが、そのときにも参考にしているラテン語のブルガータ訳聖書を作った人です。

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ベツレヘムの郊外にある「羊飼いの野」の洞窟。羊飼いたちがイエス・キリスト誕生のみ告げを聞いたとされる場所です。ここには大きな教会もなく、生誕教会よりはるかに当時のベツレヘムをほうふつとさせてくれます。私は留学中、クリスマスイブにはよくベツレヘムに来ましたが、観光客で溢れかえる生誕教会より、静かな羊飼いの野に来るのが好きでした。

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ベツレヘムで昼食を済ませ、バスはヤッフォ(ヨッパ)へと向かいます。その途中、エルサレム郊外のエマオに立ち寄りました。ここはイエスが復活後、エルサレムから離れて行く弟子たちに現れられた場所です。エマオには「沈黙の修道院」という修道院がありますが、昔から良いワインを作ることで有名でした。今回訪れてみましたら、ワイン売り場が大きくきれいに整備されていたのでびっくり。おいしいワインを二本、お土産に買いました。

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古代の港町ヤッフォから近代都市テルアビブを望みます。

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ヤッフォとクジラ。一体どういう関係でしょうか? そうです、大魚に飲み込まれた預言者ヨナはヤッフォの港から逃げようとしたのです。あと数日で過越しの祭りという日でしたが、過越しの祭りからキリスト復活までの三日間とも深いつながりのある物語です。

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ヤッフォにも立派な教会が建っています。これは使徒ペテロが、カイザリアに住むローマ軍人のコルネリオに伝道したことを記念した教会。正面の絵には、ペテロが幻の中で、ユダヤ教で禁じられているさまざまな食材を出されて「これを食べなさい」と神からの命令を受ける場面。このことから本来ユダヤ人が付き合うことを禁じている異邦人への伝道が始まりました。しかしマカベア書などを読むと、当時のユダヤ人は豚を食べることを拒んで死をも受け入れるほど食事規定には厳格だった人々。ペテロの異邦人伝道は奇跡的大事件です。

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ヤッフォ旧市街は、新婚さんの記念撮影スポットとしても有名です。この日もアラブ人カップルが撮影に来ていました。ヤッフォには昔から大きなアラブ人の街があります。

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研修ツアー最後の晩餐は、ヤッフォの海岸沿いのレストラン。なんとエビ、イカなどユダヤ食事規定違反の魚介類がてんこ盛り!! ペテロの追体験? の夕食とはなりました。やはりヤッフォは異邦の町。そういえば預言者ヨナが神の使命から逃げてヤッフォに向かう場面も、異邦の地に行くときに使われる「下った」というヘブライ語で書かれていますね・・・・。

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運転手のファレスさん。「ちょっと買い物したいので、皆を町まで連れて行ってくれ」とか、「家庭訪問のあと、迎えに来てくれ」とか、当初の予定になかった運行にも快く応じてくれる、とっても気持ちの良いアラブ青年でした。

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昨年日本で知り合ったイナさん。テルアビブに住むロシア系イスラエル人です。私たちがヤッフォに寄ると聞いて、わざわざ彼氏と一緒にレストランに来てくれました。

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お疲れ様!

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イスラエル留学中のご家族と。

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いつも一緒に座って乾杯をする、すてきなおじさまたちのグループ。

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ご主人が脳梗塞による半身マヒから見事復活、念願でご夫婦でのイスラエル旅行となったご夫妻。(左のお二人)
杖をつきつき、全行程を見事最後まで歩き通されました。

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ヤッフォで最後の記念撮影(若干名足りませんが・・)。このあとベングリオン空港に向い帰路に付きました。素晴らしいメンバーと一緒に過ごせた十日間、忘れられない旅となりました。
また来年、エルサレムで会いましょう!
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ビアドロローサとゴルゴダ
2010-04-19-Mon  CATEGORY: イスラエル
私たちが悲しみの道、ビアドロローサを歩いたのは、この旅行中初めての雨天の日でした。エルサレムの城壁東側では唯一の開かれた城門、ライオン門から入城し、ベデスダの池を通って、ビアドロローサに至ります。

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第1、第2ステーションを過ぎて最初の曲がり角を左に曲がると、北のダマスコ門から南の糞門に至る旧市街のメイン通りの一つに出ます。写真はその通りに沿った場所にある、第3ステーション。十字架の重みでイエスが倒れたと言われる場所です。

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この同室のお二人、歩く時もいつも一緒。雨が降ってきてお二人の距離はより近くなったようです。(ほどんど隙間なし・・)

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ここに住んでいた聖ベロニカが、イエスの額に流れる血をハンカチで拭き取ってあげたところ、そのハンカチにいばらの冠を冠ったキリストの姿が写し出された、という言い伝えのある場所です。女性参加者たちで記念撮影。

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ビアドロローサの最後は聖墳墓教会の中、イエスが葬られたとされる洞窟です。巡礼者が多くこの日は約一時間待ちでした。写真は、墓の上に立つ箱の出口。

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こちらはもう一つのゴルゴダの丘「園の墓」です。「ゴルゴダ」としての伝承の長さは聖墳墓教会に比べると圧倒的に短いのですが、なにしろ仰々しい建築物が何もなく、園として奇麗に整備されていますので、すがすがしいです。

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雨も上がり、野外でしばらく静かに祈りました。

さて、いよいよラスト一日です・・・


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エルサレム3
2010-04-16-Fri  CATEGORY: イスラエル
私の留学時代と比べると、エルサレムの発掘があちらこちらで進んでいますが、今回の旅行でそれを一番実感したのがダビデの町でした。ダビデの町の水源があるギホンはソロモン王がイスラエルの王として油を注がれた場所でもあり(列王記上1章38節)、私にとっても大切な場所?です。
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ここはダビデの町の東側に位置する山。なぜ写真を写したかと言うと、アラブ人の家々が折り重なる様子が、おそらく数千年前のダビデの町もこのような感じではなかったのかと思われるからです。

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現在のダビデの町と、古代の町の想像図。

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ギホンの泉から水をくみ上げるための竪穴に続くトンネル。古代の町を訪れると、水を手に入れるため人々がどれほどの努力を費やしているかがわかります。

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ちょっとわかりにくいですが、今もこんこんと水が湧いているギホンの泉です。ここからヒゼキヤの水道を流れて、シロアムの池に至ります。この水道や池は、アッシリアとの戦争に備えて整備されたものです。

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ダビデがエルサレムを占領する前、カナン時代の建造物の復元図です。ダビデがエルサレムを占領したとき、町の住民エブス人が「決してダビデはここを落とすことはできない」と自信をもって言うほど堅固な町でした。

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シロアムの池の一部。ヒゼキヤの水道を通過した水は、今は上に見える黒いパイプを通って、谷の方に流れていました。地元の人に聞くと、農業用水などに使われているとのこと。

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夜、希望者数名で、2月の「シャローム・イスラエル」で演奏して下さったアコーディオニストのエミールさんの自宅を訪問。エルサレムの郊外「ギブアット・ゼエブ」という町です。奥さんのローザさんともども大歓迎して下さいました。

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夕食をごちそうになったあと、なんと私たち4人のためにミニ・コンサートを開いて下さいました!! まさか自宅で演奏して下さると思っていなかったので大感激。ローザさんでさえ「エミールは家ではほとんど演奏することはないのよ」と言っておられました。おいしいワインもいただき、とっても贅沢な夜を過ごしました。


つづく
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エルサレム2
2010-04-13-Tue  CATEGORY: イスラエル
エルサレム巡礼の続きです。エルサレムには数千年の歴史がひしめき合うように詰まっています。何度歩いても、慣れてしまうことも飽きてしまうこともありません。

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ここはオリーブ山の麓、ゲッセマネの園。イエスが十字架に掛かられる前夜、血の汗を滴らせて祈られた場所です。オリーブの林には、樹齢千年を超えるオリーブの大木がたくさん植わっています。写真の木は一樹齢2000年以上とも言われています。

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ゲッセマネからケデロンの谷を隔てて、エルサレム旧市街の東側城壁があります。城壁に見える塞がれた門は、かつてイエスがロバの子に乗って入場されたと言われる、黄金門。

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城壁ばかり見ているようですが、こちらは「南の壁」。ヘロデ王が立てた神殿の一番大きな入り口がありました。もちろんイエスや弟子たちも通ったはずです。

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律法学者? それとも預言者?

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この日は西の壁でバルミツバの祝会がたくさん行われる日でした。「ユダヤ式チンドン屋」と私が名づけたこの人たちは、祝会を行う家族が代金を払うと、太鼓をたたいたり、角笛を吹いたりして祝会を盛り上げてくれます。

yuushoku
一日の旅路を終えると、まずワインで乾杯! そしてさらに・・・・


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阿部先生、レハイム!!

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ラビ、レハイム!!!!

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シュロモーも、レハーイム!!!!!!
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エルサレム1
2010-04-11-Sun  CATEGORY: イスラエル
ガリラヤからキブツ・エン・ハショフェット、地中海沿いの町カイザリアを通過して、いよいよエルサレムに上りました。
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エルサレムの東の境界、オリーブ山の山頂。エルサレム巡礼はいつもここからスタートします。

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しばらく山頂で過ごしてしたら、夕陽の落ちる時間になりました。教会の鐘の音が鳴り響き、なんとも言えない荘厳な空気が蔽います。

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翌朝早く、西の壁に出かけました。ユダヤ人宗教家と記念撮影? いえいえ、神戸クラスのOさんです。

tunnel
西の壁の地下トンネルの見学。神殿の丘の北側、ヴィアドロロサまで続いています。かつてローマ軍によって神殿が破壊された時、神殿の壁石の多くが崩されたのですが、この巨大石はついに落とせなかったとのこと。

siseijo
ここが、かつてユダヤの神殿で最も聖なる場所であった至聖所に最も近い場所。ユダヤのご婦人が祈っていました。

kin
回教徒が管理する神域に入ったのは夕方でした。昔はエルアクサ寺院や岩のドームの中にも入れたのですが、ここ数年は回教徒以外は入れてくれません。

sela
かつてここに立っていたユダヤ神殿の見取り図を広げているところですが、管理人に見つかると怒られるのでみんなで囲んで見ています。このあとすぐ管理人がやってきて「時間だから出て行くように」と追い出されました。


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ゴラン高原、キブツ・エイン・ハショフェット
2010-04-08-Thu  CATEGORY: イスラエル
ガリラヤ湖周辺を巡ったあとは、イスラエル最北端のバニアスに行き、その帰路ゴラン高原からシリア領を眺めることのできる「ベンタル山」に上りました。

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ここはシリア軍がかつて堅固な要塞を建てていた場所でもあり、イスラエル国防軍の新兵研修では必須の訪問地です。前回ここに来た時は銃を肩に担いだ女兵士のグループが来ていましたが、今回は男子のグループでした。

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ベンタル山で出店を開いていた、ドルーズ族のおじさんと記念撮影。ここで売られているザータル(ヒソプ)や、塩漬けオリープやチーズなどはみな、奥様の手作りとのこと。私はザータルを買いました。

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翌朝ガリラヤ湖のホテルを離れ、今回の研修ツアーの大事な目的地の一つ、キブツ・エイン・ハショフェットに向いました。ここもかつて私が半年間お世話になったキブツです。

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エイン・ハショフェットには、キブツ周辺で行われた発掘調査で発見されたものが保存されている小さな博物館があります。私は、個人的な考古学的発見をしました。25年前、キブツで学んでいた当時に博物館のノートに私が書いたメモです!! 字の汚さは今も直っていません・・・・。

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キブツでは、ヘブライ語のミニ授業を持っていただきました。ハイファ大学で言語学を学ぶヤリヴ・ショックさんが今回の講師。彼はアラビア語も堪能なだけあって、今回のテーマは「日常ヘブライ語で使われるアラビア語スラング」。「アフラ」「バッサ」などのイスラエル人若者言葉を教わりました。

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なんとなく眠そうなみなさん。ああ、ヘブライ語が空中を飛んでいく~~。

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昼食も終え、キブツで働く陶器師と画家のアトリエを尋ねました。写真は、イスラエルでたくさんの絵本を書いている画家のヨナット・カツィールさん。その可愛らしい画風にみなさんうっとり。たくさん購入されました。興味のある方はこちらへ。ヨナットさんのサイト
私は里親のショシャ・ショックさんに、娘へのプレゼントに彼女の絵を頂きました。
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絵の周囲には「笑うこと」「夢見ること」「抱擁すること」など、ヘブライ語の動詞不定詞が並んでいます。ヨナットさんの絵には、このようにヘブライ文字をモチーフした作品がたくさんあります。密教の曼荼羅やユダヤ神秘主義にインスピレーションを受けていると話してくれました。

~つづく~




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エズレルからガリラヤへ
2010-04-05-Mon  CATEGORY: イスラエル
2010イスラエル研修旅行記つづきです。
今日はエズレル平原からガリラヤ湖方面です。

nehama
エリコを出発したあと、そのまままっすぐナザレに行く予定でしたが、途中にあるキブツ・ヘフチバに寄って有名な古代のシナゴーグ遺跡を見ることにしました。このキブツは阿部先生や私も勉強したキブツなので、ヘブライ語の恩師や里親がいます。写真は、イスラエルで私が最初にヘブライ語を教わったネハマー先生。「急にヘフチバに立ち寄ることになりました」と電話をすると、会いに来てくれました。

nazare

タボール山やモレの丘、ハロデの泉など、士師記に登場する古戦場を見ながら山岳地帯に入っていくと、ナザレの町があります。写真はマリアにガブリエル天使が現れて、救い主を身ごもったことを告げたことを記念する「生誕告知教会」。比較的新しい、中東一大きな教会です。

genosar
今日からガリラヤ湖畔のキブツ、ゲノサレのホテルに二泊します。楽しい晩餐のひととき。机の上に並ぶビールとワインの瓶の多さに注目!!

asahi
ガリラヤ湖畔の夜明け。朝5時には太陽が上ってきました。静かに祈るには最高の時間。朝はかなり冷え込んだのですが、なんと水着になって泳いでいる女性がいました!

shukuhuku
この日は一日、ガリラヤ湖周辺を巡ります。山上の垂訓で有名な、祝福の山。

hune
ペテロの召命教会のすぐそばの湖畔に、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネさながら、船がやってきて網を繕い始めました! これはサービスなのか、偶然なのか? ともかくたくさんいた観光客が喜んだことは確かです。 

peter
その漁師が捕ったものではないでしょうが、ガリラヤ湖定番の「ペテロの魚」。魚として「おいしい!」というほどの味ではありませんが、やはりこれを食べなきゃ話になりません。阿部先生が準備して下さった醤油のおかげで、よりおいしく頂くことができました。

つづく
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エリコ特集
2010-04-03-Sat  CATEGORY: イスラエル
2010イスラエル研修旅行の報告を続けます。
死海~エンゲディを通過したあとは、さらに北上して死海写本で有名なクムランからエリコへと向いました。エリコの町はパレスチナ自治区のためバスの運転手がユダヤ人の場合はバスを乗り換えるのですが、今回はアラブ人が運転手だったためそのまま同じバスで入ることができました。
今日はエリコ特集でお届けいたします

zakai
ここは、収税人ザアカイがイエスを見るために上ったとされるイチジク桑の木。エリコからエルサレムまではちょうど一日路なので、この町は昔から巡礼者の宿泊町でした。イエスが止まられたザアカイの家はどのあたりだったのでしょうか?

oasis
テルから眺めたエリコの町。数千年変わらない豊かなオアシスです。


temp
反対側を眺めると、イエスがサタンの誘惑に合われたと伝えられる、誘惑の山。山の中腹には修道院があり、今も修道僧たちが暮らしていますが、観光者用のケーブルカーも通じています。

tou
エリコは世界最古の城壁と塔を持つ町でもあります。これは9000年前の塔。

izumi
預言者エリシャが塩で清めたと言われる、エリコの水源。「エリシャの泉」と呼ばれています。本当に水が湧きでている水源は建物の中にあって、普段は鍵がかかっています。普通の観光客は水が流れ出ている建物の外までしか行きませんが、私たちは管理人にチップを払って本当の水源を見ました。こここそ、エリシャが塩をまいて清めた場所!

shoujoarab
〈おまけ〉 エリコの泉にたたずむ、アラブの少女。

arabkeisatu
エリコが安心して観光できるのは、パレスチナ自治区の中でも比較的治安が守られているから。テルからエリシャの泉に行くには交通量の多い道路を渡らなければなりませんが、警官がしっかりとサポートしてくれました。パレスチナ警察の警官とツーショット。

banana
エリコの豊かさを象徴するのは、豊富な果物。バナナを幹ごと買いました! カナンを行きめぐったヨシュアとカレブ?!

エズレルからガリラヤへと旅はつづく
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突然ですが、京都で新講座
2010-04-01-Thu  CATEGORY: 未分類
まだイスラエル研修旅行報告の途中ですが、
2010年4月7日(水) 京都で聖書ヘブライ語新講座開講します。
場所:シオン・プレイズ・チャーチ
    京都市上京区西洞院通丸太町上ル夷川町388番地3 
    GCビル2F(地下鉄丸太町駅から徒歩3分)
時間:毎週水曜日 15:30~16:30
内容:全くの初心者向け、ヘブライ語聖書を読むための講座です。
    見学歓迎です。受講料など詳細はメルカズ・タル・オロットまで。
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死海、マッサダからエンゲディへ
2010-04-01-Thu  CATEGORY: 未分類
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ネゲブ砂漠から始まった旅は、死海方面へと続きます。写真は、死海の傍「ロトの妻」と呼ばれる塩の柱の近くで撮ったもの。バックの岩は、実は全て塩の塊! 山全体が塩ですからあたりまえですが、近くでみるとやっぱり凄い。

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死海沿岸のホテルに入る前に、マッサダに上りました。気候も良く、たくさんのグループが来ていました。写真は、ローマ軍の投石機によって投げ込まれた石弾の山。これの直撃を食らったら、脳しんとうくらいではすみませんね。

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今年はたっぷり、一時間以上死海遊泳をしました。夕食後は、今ツアーで何かと話題の多かったOさんと、ベドウィンテント風のパブで乾杯。今回Oさんとは、良い飲み友達になりました。

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翌朝早く、エンゲディに上りました。朝一番で入ったので他にほとんど人がおらず、エンゲディの自然をゆったりと満喫することができました。写真はダビデの滝です。

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途中、岩だぬきの赤ちゃんが巣から転げ落ちていました。親が巣に戻そうとするのですが、まだよちよち歩きでとても岩肌にある巣に戻れそうにありません。手伝ってあげたいのですが、自然に手を出すのは御法度。無事を祈って、そおっと通り過ぎました。

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エンゲディから眺める死海は、最高に美しい!
つづく
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