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シベリアと出エジプト
2010-01-14-Thu  CATEGORY: 未分類
今シーズンの冬は、「暖冬」という長期予報を見事に裏切って何度も寒波に見舞われているようです。今朝、豊中にある阪大キャンパスに行くと、あちらこちらに氷が張っていました。昨日は結構雪も降ったようです。でも私は2月生まれのせいでしょうか、今日くらいの寒さが一番好きです。11月の寒くなり始めのころは風邪ばかり引くのですが、ぐっと冷え込んでくると却って体調が良くなります。
そういう話を午前のユダヤ・ヘブライ研究会の皆さんと話していたら、K教授が「私の父は戦後シベリア送りになったので、子供のころ寒がっていると『こんな程度で寒いと言うな、シベリアはこんな程度じゃないぞ!』と怒られた」という話をしてくれました。シベリアと大阪を比較すること自体無謀な話ですが・・・。もう30年以上前に他界した私の祖父もシベリア帰りでしたが、シベリア強制労働に送られた家族を持つ人はあちこちにいるものだと、ちょっとした話題からシベリア強制労働の規模の大きさをあらためて感じました。

阪大の研究会では出エジプト記のヘブライ語原文を、中世のユダヤ注解を参考にしながら読んでいます。今はちょうどモーセが神に出会い、イスラエルの民の解放のため活動を始めたばかりのところ。神はモーセを遣わす理由に二つを挙げています。一つは、「アブラハム・イサク・ヤコブとの、カナンを与えるとの契約を履行するため」、そしてもう一つは「イスラエルの民の苦しみを見、その叫びが届いた」ためです。ここで神はアブラハム、ヤコブ、イサクたち、父祖にも顕わさなかった「יהוה」という名前をモーセに明らかにしますが、多くの注解者はこの名前に「父祖との契約を現在に実現する神」という意味を読み取ります。父祖たちに現れた神が、より民族の理想の実現が近付いたときに新しい名前で顕現した、というのです。
ユダヤ民族はこの奴隷状態からの解放を最高度の宗教的体験として記憶していますが、民族の悲劇をたんに乗り越えるだけでなく、悲劇を通して民族の古の理想と本質とを、より高度な形で実現しようとする態度は、その後の歴史にも何度も表れていると思います。
日本に聖書の神が必要なのは、それが悲劇を通してより民族の本質、理想を実現しようと顕現する神であるからだ、とシベリアと出エジプトを思いつつ考えた一日でした。
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