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ローマ教皇の葬儀にカッツアヴ大統領が参列(5日)
2005-04-05-Tue  CATEGORY: ニュース
ユダヤ教、またイスラエル国との歴史的関係改善に努めてきたローマ教皇、ヨハネ・パウロ二世の死去を受け、8日に執り行われる葬儀にイスラエルからはモーシェ・カッツアヴ大統領が参列することとなった。政府内では当初外務相を代表とする案もあったが、ヨハネ・パウロ二世がユダヤ教との和解に対すて果たした役割りの大きさを考え、また1993年に始まったばかりのヴァチカンとの完全な外交関係を尊重するため、国家元首が参列することが相応しいと判断された。さらにユダヤ教界の代表も参列すべきとの声もある。

-ユダヤ教との和解の歩み-

ヨハネ・パウロ二世が生まれ育ったポーランドのワドビッツェは人口8,000人のうち2,000人がユダヤ人という町であったが、両親は反ユダヤ的考えを持たず、ヨハネ・パウロ二世もユダヤ人の友人を持って育ち、第二次世界大戦中にはユダヤ人救済のためにも活動した。歴代教皇の中で彼のユダヤ教への理解は突出していた。教皇に選出されてからは、精力的にユダヤ教との和解に動いた。

1979年、ポーランド訪問時にアウシュビッツを訪問
1986年、ローマのシナゴーグを訪問、ローマの首長ラビと抱きあい、祈りを捧げる。その後ローマのユダヤ人に向かい「あなた方は私達の兄にあたります」と語りかける。
1993年、イスラエルとヴァチカンの間に国交樹立
2000年、イスラエルを訪問。西の壁では、キリスト教によるユダヤ教迫害の歴史に許しを求める言葉を石の間に挟みこみ、祈りを捧げた。さらにエルサレムのホロコースト記念館を訪れ「これまでのユダヤ人に対する憎しみ、迫害に深く心を痛め、キリスト教徒がこれまで行ってきたどの時代のの、どの場所で行われた反ユダヤ的行為をも非難する」と、迫害の歴史を謝罪した。
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